生田の森 曲水の宴


生田神社(神戸市中央区)の史跡「生田の森」を舞台にして”曲水の宴”が催されました。

柔らかな木漏れ日の射す生田の森に、ゆるやかに曲がる”鑓水(小川)”の畔に歌人が座します。

うち井戸敏三兵庫県知事が歌人として奉仕されました。

今年のお題は「初 はつ・はじめ」

7人の歌人はお題に即して、盃が自分の前を流れすぎないうちに、和歌を詠みました。

①生田の森静けきなかの川面には波紋ひろがる春の初めに(井戸敏三)

②湧く水の初心(うぶ)こそよけれ山吹の枝さしのぶる花のはろけき (安藤直彦)

③初虹は濡(そぼ)つ若葉の上(へ)にかかりうつしみわれはそに凭(よ)らむとす (廣庭由利子)

④ほつほつと春さきがけて咲く梅もうまご初音も育ちゆくらし (中川昭)

⑤初化粧はにかむようなくちびるに桃のしずくのくれないを引く (矢野一代)

⑥初あかり低くさしつつ草原の霜の衣の融けゆく早し (新屋修一)

⑦空は青く地は一面の芝桜知らぬともよい君の初恋 (前田美樹)

【番外】朝まだき生田の森の大楠の梢に洩るる初日の光 (加藤隆久)

①兵庫県知事

②~⑦兵庫県歌人クラブ)

【番外】前生田神社宮司・神戸女子大学名誉教授



曲水の宴は平安時代朝廷の皇族・貴族の間で陰暦3月3日「桃の節句」に行なわれていた宮中行事の一つ。

災いや穢れを自然の川に洗い流し清めるという禊ぎの儀式から始まったといわれています。

中国大陸や朝鮮半島でも行われ、353年に書の名人である王義之が会稽山の蘭亭で修禊の儀式をして催した曲水の雅会で、人々が詠じた漢詩に寄せた「蘭亭序」の」序文に出てきます。

日本においては、顕宗天皇元年(485)3月上巳に天皇のお出ましを仰ぎ曲水の宴が行われたことが「日本書紀」の出てきますが、奈良時代から平安時代にかけて正式に宮中行事となりました。


曲水の宴は、ゆるやかに曲がりながら流れる小川(鑓水)の辺に座し、優雅に曲水の宴を開くのです。

色とりどりの平安衣装にを身に着けた7人の歌人(男性は狩衣、女性は小袿を着用)は社に参拝後、課題を確認します。

その後、小川の辺に座り、上手で白拍子が豊栄の舞が舞われ、2人の水干姿の童子が朱塗りの盃に御神酒を注ぎ、羽觴(うしょう・鴛鴦の姿を象った盃台)に載せて、筝曲の音響く中、川上から流し、歌人は歌題にちなんだ和歌を、流れてきた盃が通り過ぎる前に詠み、短冊にしたためます。

そして和歌を書き終えた歌人は、目の前に流れてきた羽觴を取り、盃の御神酒をいただきます。

最後に童子が短冊を集め、これらの和歌は、平安朝の時さながらに披講者が詠みあげます。

そして神前に捧げられるのです。

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